「クリスチャンなのだから、どんな時でも前向きに生きていかなければ」。
私たちは、苦しみや悲しみに蓋をして自分を鼓舞して生きるのが「信仰的」だと思っていることはないでしょうか?
しかし、親しくしていたラザロが死んだ時、イエスは涙を流されました。私たちは、イエスが喜ぶものと共に喜び、泣く者と共に涙される優しいお方であることを、つい忘れがちです。
よみがえったラザロが墓から出てきた時、彼の体はまだ亜麻布で巻かれたままでした。イエスは周囲の者たちに、「布切れをほどいてやりなさい」と言い残します。
イエスの十字架の贖いによって新しい命をいただいた私たちもまた、「布切れ」を脱ぎ捨てる必要があったはずです。「布切れ」が象徴しているものは、あなたにとって一体何でしょう?
来週はイースター。
私たちクリスチャンは、復活した主を前に、自分が本当に生まれ変わった生き方をしているか、今いちど静まって吟味したいですね。
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