「こんなに一生懸命やってるのに、なぜ道が閉ざされるの…」
「絶対に、これが実現した方が神様の栄光があらわれるのに!」
そんな思いを抱えて、道が閉ざされた経験、誰でも一度はありますよね。
瀕死のラザロ、そして癒やしを求める姉妹たちもそうでした。
イエスは、なぜかすぐには駆け付けず、ラザロの死去からしばらく経って後、墓を訪れます。
一家を深く愛し、涙を流されたイエス。
一見不条理にも思える、癒やしを遅らせた真意は、何だったのでしょうか?
松本先生の人生にも、同じように「全ての道が閉ざされて、別の道が示される」出来事が起こります。
葛藤と祈りの中で、遣わされた地で「杖をつく生き証人」として用いられていく証し、必聴です!!!
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